前原土武(トム吉)の災害支援活動ブログ パート2

日本各地で起こる自然災害の復旧・復興の姿を綴るブログ

災害支援からの防災①(和歌山編)

15日の朝方、大型で遅い台風10号が四国と九州の間に上陸した事で、西日本地方では広範囲にわたり大雨をもたらせました。

 中でも四国(徳島)や紀伊半島(奈良、和歌山)では、1000mm以上超える雨が予想されている事もあり、先日からいつでも走れる体制を整えて情報収集していました。

 

16日を超える時間帯には、日本列島を通り過ぎ雨雲の切れ目も見えてきましたが、2011年からお世話になっている和歌山。そして今後もネットワーク構築に力を入れたい事もあって、今回念のためも含めて和歌山に走る事にしました。

 

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”にんにこ和歌山のメンバーのアトリエ”

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和歌山県NPOサポートセンター&県社協に訪問”

 

和歌山に行くと必ずと言っていいほど顔を出す、「被災者支援ネットワークにんにこ和歌山」のメンバーのアトリエへ  相変わらず、可愛くもごちゃごちゃしているアトリエにわくわくしながら、改めてちゃんとした拠点を作りたいと思いました。出来るだけ早く!!

 おいしいかき氷を頂きながら、拠点や今の活動の新着状況のお話をした後、これまた毎度お世話になっている「市民のちから」の道本夫婦と共に、少し遅めのランチをしながら、募るお話をさせてもらいました。

 5月から業務委託をしているJVOADのお話、平時の内からのネットワーク構築の重要性などお話し、その流れでNPOサポートセンターや県社協にご挨拶に行くこと。

 お互い顔の見える関係でもある双方ですが、そこに外部である私が入りネットワーク構築の重要性や、他の都道府県の事例などお話する事でちょっとした刺激になってもららたらいいなと思います。

 

 

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”水の多い有田川”

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”雨雲も切れ満月が顔を出す熊野川

 

福岡に行く予定もあり、色々と悩んだのですが、せっかく和歌山まで来たのだから2011年にお世話になった那智勝浦町まで足を運ぶ事に、途中有田川や熊野川の様子をざっくり見て、あれだけの川がここまで水かさが増えるのだから、やっぱり降った雨の量がすごかったのだと再認識しました。

 奈良に降るとどうしても下流にある和歌山に流れてくる水。今回、大きな被害はまだ上がっていませんが、ギリギリ乗り越えたのだと感じる河川でした。

 

それにしても、和歌山県内での移動はしんどい!大規模災害が発生した時は、大きな問題になるだろう!その為にも、今の内から色々な対策が必要出すね。

 

tom

終戦記念日に考える「平和」とは何か?

朝方から台風10号が上陸した本日(8月15日)は、74回目の終戦記念日です。

 

紀伊半島や四国などでは大雨の予報が出ており、PC&スマホを片手にニュースに耳を傾けながら、少しだけ頭の中でゆとりを作り、平和の事を考える日にしたいと思います。

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沖縄出身で沖縄戦のお話を聞きながらも、あまり戦争の事、平和の事を意識した事がなかった20代。今思えばはっきり言ってピンと来ていなかったのだと思う。昭和~平成と当たり前の生活の中で、当たり前に働き、当たり前に給料をもらい、当たり前に友達と遊び、当たり前に家で寝る。当たり前に囲まれている事が当たり前で、その当たり前に慣れてしまい、当たり前の大切さや重要さを気付いていなかったのだと思う。

 

そんな沖縄の俺はバイクやヒッチハイクなどを使い、国内~海外と旅をした20代後半~30代前半。そして、2011年東日本大震災を機に災害支援の活動を始めた30代前半~40代の現在に至る。

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20代の旅ではイスラエルや中東、旧ユーゴスラビアの国々を旅して感じた戦争や内戦といった武力と隣り合わせの生活がある国が存在している事。

 

被害の大きな地域もいつか

30代からの災害支援では、当たり前だと思っていた日々の生活が、突如自然の力の影響で被害を受け失ってしまう生活環境が身近にあるという事。

 

これまでの各地で色々な経験をしてきたからこそ、色々な事に気付き、感じる事が出来るのだと思うと、これまでの自由に自分自身の生き方で過ごせた環境に感謝。

そして、当たり前だと思っている日々に感謝する。戦後の日本がこれまで平和だったからこそ、こうして今当たり前のような日々が過ごせているのだと思う。 しかし、同時にこの平和の日々、当たり前の日々を未来につなげる為に、現在の私たちは未来につなげる為に、当たり前を当たり前だと思わず、大切に考えないといけないと事だと思う。

そういう意味では、「終戦記念日」は当たり前だと思っている現在に感謝をしながら、しっかり未来につなげれる為に今の状況をしっかり意識し改めて、チェックし努力しないと未来の平和というモノを続けていけないなのかもしれない。

 

だからこそ、終戦記念日の本日は平和とは?考える一日なのかもしれない。

 

最後に知人のFacebookページ「戦争のつくりかた」のリンクがあったので添付してみました。興味ある方は、ぜひのぞいてみてください。 まずは、感じて考える事から始まる。

◇戦争のつくりかた→http://noddin.jp/war/

仮拠点堅田ベース!

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5月から少しずつ荷物を入れ、沢山の方々の協力をいただきながら滋賀県大津市堅田ベースという仮拠点を作っています。

 

 九州や四国などに過去の被災地に足を運ぶ事も多いですが、出来るだけ拠点に滞在するようにスケジュールを組み、近畿地区での関係作りなど環境整備に力を入れていきたいと思います。

 

 棚作り(環境改善)や事務作業(資料整理や名刺整理など)などやらないといけないことは沢山あるので、力貸してくれる方がいたら大歓迎です。お気軽にご連絡ください。

 

tom

全国フォーラム@JVOAD

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スカイツリーを眺める東京”

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”全国フォーラムの会場にて”

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5月から本格的にJVOADと連携し業務として緊急時の際に先遣チームとして動く事になりました。

 大都市東京は得意ではありませんが、平時に顔の見える関係を気付くことは大切な事だと考え、平時からフォーラムや会議、打ち合わせなどに顔を出したいと思います。

 

それにしても、人がいっぱいで気疲れした二日間でした。

 

tom

スタディツアー九州

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"飛行機を使い福岡入り" 

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”まずは杷木ベース” 

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”杷木ベースでの説明”

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”ふれあい農園の紹介”

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”当時のお話を交えて自治会長さんのお話”

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”杷木ベースで交流会”

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”日田に移動”

 

昨年に引き続き、今年も被災地へのスタディツアーを行うことになり、引率のサポートとしてお邪魔させてもらいました。 

 今回は昨年の熊本に行った日田市と朝倉市のメンバーが受け入れする形になり、昨年主催した結としては、なんだかうれしい気持ちでした。

 

 昨年の7月に被災を受けた四国の宇和島市の支援者たちを受け入れて、二年前の九州北部豪雨で被災した地域で今も行ってる支援の様子や失敗したこと、苦労したことなど自分たちの言葉で説明していました。 

 スケージュールなど事前に確認しながら、少しでも訪れた支援者に何か持って帰れるものに繋がればと思い計画したツアーだったので、それなりに響いたのではないだろうか?

 企画の段階からかかわっていた私からすると、九州の受け入れ側も四国の支援者のことを考え、地域の現状を把握するいいきっかけにつながったようで、スタディツアーをすることで双方にとって得るいい企画だと、改めて感じました。

 

緊急支援~移行期支援~中長期支援と被災地との距離を大切にしながら、これからも自分なりに応援していきたいと思います。

 

 

tom

定期的に訪れる東京

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”JVOADや他団体との会議”

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”大切な仲間が作ってくれる夕食”

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”情報発信の大切さをレクチャー”

 

今年になって定期的に東京に行くことが多くなっています。 

それも各地の被災地で出会い共に活動してきた仲間が出来たことで、東京に滞在することが出来たり、HPやネットを通して情報発信するための相談に乗ってくれる方が居たりと、東京に来るだけでいろいろな方と会える要素が大きいと感じているからでもあります。

 また今年から災害NGO結の肩書のほかに、JVOADの名刺も持ち活動を行うことになりました。災害発生した際にいち早く入った際には、情報共有したり、コーディネートのサポートを行ったりとこれまでの被災地での経験を少しでも多くの方におつなぎ出来るように、平時の今から顔の見える関係作りを行っていく予定です。

 

tom

 

 

被災地を訪れる@東北

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被災地を訪れる@東北

東日本大震災をきっかけ災害支援に関わる様になった私にとって、東北は活動の原点になっています。 支援の右も左もわからなかった私は、現地で出会った支援者とチームを作り試行錯誤をしながら活動を行いました。仙台~宮城沿岸部~岩手沿岸部~支援団体との出会いがあり、少しずつ支援活動を続ける重要性を感じ、気が付けばあれから8年日本各地に足を運び各地の被災地で支援活動を行うきっかけになったのは、

 

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”仙台で活動していた拠点があった場所” 20190509135506

”在宅避難から生活再建した住民の編み物拠点”

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”きずなハウス@七ヶ浜”

 

当時、広範囲に被害が広がっていた東北のどこに入ったらいいのかわからなかった私は、取り敢えず東北の玄関口でもある仙台に入った。仙台の駅近くもビルのガラスや車道が陥没したりと地震の影響は見られたものの、津波の影響は受けていなかったのもあり、沿岸部にある宮城野区に足を運び、数日前から立ち上がった災害ボランティアセンターに訪ねていったのが私の災害ボランティアのスタートだ。

 支援とは?ボランティアとは?当時の私はそんなことすら考えた事もなく、ただセンターに行き参加している支援者と共に活動場所に出向き片付けを行った記憶だけがある。

  仙台市の沿岸部の宮城野区若林区津波の被害が広がっており、主に活動の中心は沿岸部に集中していた。そこに拠点を構える事になり、サテライトの機能を持ち、沢山のボランティアを受け入れる様になったのだが、今考えるとノウハウもない中で独学でよくあそこまで仕組み作りや体制作りが出来たもんだなと、今になって驚いてしまう。当時、運営する資金もなく、サテライトという名前も知らず、あそこまでやれたのは改めて考えても間違いなく、共に活動していた出会った仲間たちの存在があったからだと思う。改めて感謝。

 そんな出会いから体制を整えた仙台の拠点を6月以降は後にして、車一台で東北沿岸部をぶらぶらしながら、色々な団体の所や被災地の様子を見ながら活動を行い始めたのがこの災害支援の原点です。

 

 

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”復活した駅@石巻

20190510094651”防潮堤建設中@釜石” 20190510110715

”退去した仮設住宅@大船渡”

 

 地域によって様々な被害を見ながら、色々な支援者たちと出会いました。東松島石巻~南三陸気仙沼陸前高田~大船渡など行き当たりばったりで出会った住民や支援団体に声をかけながら、色々な方とお話をしながら色々な事を聞かせてもらいました。

 また、沢山の支援団体と出会う事で、色々な団体のやり方や形を見させてもらった気がします。 あの時、一人で沿岸部をうろうろした事が現在の様に型にはまらず被災地の状況に合わせて支援活動を行う様になったのだと改めて感じる今回のツアーになりました。

 

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 また今回久し振りに岩手県の沿岸部まで足を運ぶ事が出来た。宮城県と違い被害が大きかった岩手県の地域では、街の中心地が大きな被害を受けた事や人口流出が大きな課題を抱えている地域が多くみられました。

 約6年振りに岩手まで北上すると当時の景色から想像出来ないほど、良くも悪くも変わっていました。 

 海が見えなくなった町。新しい建物が立ち並ぶ町。数十メートルもかさ上げした町。地域をみていると改めてコミュニティーの大切さ。人を支援するのはやはり人なんだと感じる日々でした。

 今回3日間の東北のツアーでしたが、改めて定期的に東北に足を運ぶ必要があると感じました。

 

tom